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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11537号 判決

原告 株式会社三和銀行

右代表者代表取締役 川勝堅二

右訴訟代理人弁護士 大林清春

同 池田達郎

同 白河浩

被告 飯田好道

〈ほか三名〉

右被告ら訴訟代理人弁護士 関口徳雄

主文

一  被告飯田好道は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地及び同(二)記載の建物につき、東京法務局渋谷出張所昭和五四年六月一九日受付第三三四九〇号をもって抹消された同出張所昭和五二年一一月一七日受付第五三七七二号根抵当権設定登記の抹消回復登記手続をせよ。

二  被告飯田進、同富田愛子、同安田律子は、原告に対し、第一項の土地建物について、同項の抹消回復登記手続をすることを承諾せよ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、自転車の輸出入を業とする訴外東京パック株式会社(以下東京パックという。)との間に昭和四七年七月一一日銀行取引契約を締結し、手形貸付、手形割引、証書貸付、支払承諾外国為替等の取引を行って来た。

(二) 東京パックの代表取締役である被告飯田好道(以下被告好道という。)は原告に対し前同日、右東京パックの原告に対する取引上の債務について連帯保証する旨約し、かつ同債務の担保として同被告所有の別紙物件目録(一)、(二)記載の土地建物(以下本件土地建物という。)につき原告との間で昭和五二年八月六日極度額金五〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し(以下本件根抵当権という。)、東京法務局渋谷出張所昭和五二年一一月一七日受付第五三七七二号をもってその旨の登記をなした。

2(一)  東京パックは韓国にある被告好道の出資による韓国東京パック株式会社(以下韓国東京パックという。)との間で、自転車の部品、もしくは完成車の輸出入取引を行っていた。

(二) 原告と東京パックとの間の与信と担保の関係は別表(1)、(3)ないし(5)記載のとおりである。

3  原告は、被告好道に対し、昭和五四年六月一五日、本件根抵当権を放棄する旨の意思表示をなし、東京法務局渋谷出張所同月一九日受付第三三四九〇号により抹消登記手続をした。

4(一)  原告は、本件根抵当権の放棄当時、被告好道において、本件根抵当権設定登記抹消後本件土地建物を第三者たる蜂巣賀某に金八〇〇〇万円で売却したうえ、右代金の内金四〇〇〇万円を右根抵当権に代えて、原告に対し同被告名義で定期預金として預け入れるとの意思がなかったにも拘わらず、右意思があるものと誤信していた。

(二) 原告は、被告好道に対し右放棄に際し、同被告が本件不動産の売却代金四〇〇〇万円を同被告名義で原告に定期預金することを前提要件として、本件根抵当権を放棄する旨述べた。

5(一)  仮に前項の事実が認められないとしても、被告好道は、原告に対し、本件根抵当権の放棄に際し、本件根抵当権の抹消登記後、同被告において本件土地建物を第三者に金八〇〇〇万円で売却したうえ、右代金の内金四〇〇〇万円を原告に同被告名義で定期預金として預け入れるとの意思がないにも拘わらず、右意思があるように告げて原告を欺き、その旨誤信させたうえ、右放棄をさせた。

(二) 原告は被告好道に対し、昭和五四年七月二四日到達の書面により本件根抵当権放棄の意思表示を取り消す旨の意思表示をなした。

6  本件土地建物については、東京法務局渋谷出張所昭和五四年六月一九日受付第三三四九一号の同日売買を原因とする被告飯田進(以下被告進という。)、同富田愛子、同安田律子の三名共有名義による所有権移転登記が経由されている。

7  よって本件根抵当権設定登記は消滅原因なくして抹消登記がなされたことに帰するので、原告は被告好道に対し本件根抵当権設定登記の抹消回復登記手続を求め、被告進、同富田、同安田に対し、登記上の利害関係人として右抹消回復登記手続をすることの承諾を求める。

二  請求原因に対する認否並びに主張

(被告好道の認否)

1 請求原因1ないし3の事実は認める。

2 同4の事実は否認する。

3 同5(一)の事実は否認する。

4 同6の事実は認める。

(被告進、同富田、同安田の認否)

1 請求原因1の事実のうち、本件土地建物に本件根抵当権設定登記がなされていた事実は認め、その余の事実は不知。

2 同2の事実は認める。

3 同3、4、5(一)の事実は不知

4 同6の事実は認める。

(被告らの主張)

原告が本件根抵当権の放棄をしたのは、東京パックに資産信用があり、それは原告が主張する与信と担保の数字的な関係では表わせないものであって、その返済能力及び過去の実績に照らして本件土地建物を物的担保として保有する必要がなく、また本件土地建物には本件根抵当権設定以前に被告進、同富田、同安田の三家族と三賃借人が居住していたので、担保価値を見出していなかったからである。仮に金四〇〇〇万円の担保不足であったとしても、原告は本件根抵当権を放棄しないことによって受ける不利益、即ち東京パックが取引銀行を変えるような場合を慮り、本件根抵当権を放棄した結果受ける危険もしくは不利益を比較衡量した結果、本件根抵当権の抹消に合意したのである。

なお東京パックの手形不渡事故及び倒産は偶発的であり、本件根抵当権の抹消登記手続は倒産直前の債務者の保全処置の如きものではない。

三  抗弁

1  仮に要素の錯誤が認められるとしても、金融機関としての原告には重大な過失がある。

(一)(1) 本件根抵当権の放棄当時、本件土地建物には被告好道の弟妹である他の三被告の家族、及び三人の賃借人が居住していた。

(2) よってこのような物件が、立退き等の措置もなく金八〇〇〇万円で売却できるものか、できるとしても手付金、中間金、最終残金という順序もなく一時に右売却代金を入手できるかにつき、原告は注意すべきであったが、右の点につき何ら被告らに確かめていない。

(二) しかも本件土地建物の売却代金が金八〇〇〇万円であること自体確たるものではなく、また売却代金を他の三被告に分与しその残りを原告に預金するというのであり、右三人にいくらずつ分与するかも明確になっていなかった以上、被告好道の手元に金四〇〇〇万円が残される保証はなかったから、原告としては、右金四〇〇〇万円を被告道好が確保できるか否かにつき確認すべきだったのにこれをしていない。

(三) 原告が本件土地建物の売却代金の内金四〇〇〇万円を担保として預け入れさせるつもりであれば、右預入と本件根抵当権設定登記の抹消とを同時に行うべきであったところ、原告は、先に右登記の抹消登記手続をした。

2  仮に被告好道の詐欺が認められたとしても、被告進、同富田、同安田は善意の第三者である。

(一)(1) 被告進、同富田、同安田は被告好道に対し、それぞれ従来金銭を貸渡していたところ、被告好道は、右被告ら三名との間で昭和五四年六月一九日、右貸金の返済に代えて本件土地建物を代物弁済する旨の契約を締結した。

(2) 仮に右(1)の事実がなかったとしても、被告好道は右被告三名に対し同日、本件土地建物を贈与した。

(二) 被告進、同富田、同安田ら三名は、原告の被告好道に対する本件根抵当権放棄について、詐欺による意思表示であることを知らなかった。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(一)(1)の事実は認め、(2)の事実は否認する。

同1(二)の事実は否認する。

同1(三)の事実は、原告が本件根抵当権の抹消登記手続を先にしたことは認め、その余は争う。

2  同2(一)、(二)の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一1  被告好道との間で請求原因1ないし3の事実は、争いがない。

2(一)  その余の被告らとの間で、本件土地建物に本件根抵当権設定登記がなされていたこと、及び請求原因2の事実は争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、請求原因1(一)、(二)の事実が認められる。

(三)  《証拠省略》によれば、請求原因3の事実を認めることができる。

二  原告は、本件根抵当権の放棄は錯誤により無効である旨主張するので、以下判断する。

1(一)  本件根抵当権の放棄に至る経緯を見るのに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(1) 東京パックは昭和四五年頃池袋に本社を設立以来、原告池袋支店を主たる取引銀行とし、前記別表記載の如く、原告から与信を受けると共に担保を提供し、本件土地建物の他にも、東京パック所有の沖縄県国頭郡所在の土地につき極度額金五〇〇〇万円の根抵当権を設定すると共に、長野県下高井郡所在(志賀高原)の土地建物につき極度額金二〇〇〇万円の根抵当権(二番)及び抵当権を設定していた。

(2) 東京パックは韓国にある被告好道の全額出資による韓国東京パックとの間で、東京パックが主に自転車の部品を国内の各社から購入して韓国東京パックに輸出し、韓国東京パックで完成車としたものを輸入し、或いはアメリカ、カナダに輸出する取引を行っており、このため東京パックから韓国東京パックに右自転車の部品を輸出する都度、韓国から原告池袋支店に部品代金の信用状(L/C)が組まれ、これが現金化されて手形決済等の資金に充てられて来た。

(3)イ 東京パックの手形決済日は毎月二〇日であり、韓国から原告池袋支店には昭和五四年に入り、同年一月一九日金一億六六九万九円、二月二〇日金七三五二万三七一六円、三月二〇日金一億四三〇万七九八五円、四月二〇日九八五七万六四八八円の信用状が組まれ外国為替がそれぞれ入金されていたが、同年四月末頃、同年五月分については韓国から信用状が開設されないことが分り、被告好道は原告に対し同年五月初旬頃集荷資金名義で金九〇〇〇万円の融資申込をした。

ロ 同年四月二八日当時、原告と東京パックとの間の与信高と担保関係は別表(2)記載の如くであり、不動産の根抵当権については極度額をその担保価値とすれば差引金九二五〇万三九一五円の担保力余剰となるが、実際には沖縄物件の時価からみた実効担保力は金三〇〇〇万円程度であったため、結局金七二五〇万三九一五円の担保力余剰とみられていた。

ハ 原告は東京パックからの前記融資申込につき検討し、東京パックの資産状況及び東京パックが原告に対し当時従前の債務につき月額金一一〇〇万円余を返済していた実績に照らしてこれに応じることとし、同年五月一九日金九〇〇〇万円を貸渡したので、両者の与信高と担保の関係は別表(3)記載のようになった。

(4)イ 本件土地は被告好道が昭和四七年二月売買により取得したものであり、本件建物は被告好道の亡父飯田兼次の所有であったところ、被告好道が昭和五一年一〇月七日相続取得し、同被告の弟妹である被告飯田進、同富田愛子、同安田律子の三家族及び他に賃借人三名が居住していた。

ロ 本件土地建物については原告と被告好道との間で昭和五一年三月一五日根抵当権設定契約に基づき同年九月一一日根抵当権設定登記が経由されていたところ、昭和五二年四月被告好道から原告に対し建替を理由に右登記抹消の申出があり、その頃原告と東京パックの取引状況は別表(1)記載のとおりであり、担保力に余剰があったため原告において同月一二日根抵当権を放棄して同月一五日その旨の抹消登記手続をなし、その後前述のように同年八月六日根抵当権設定契約により同年一一月一七日改めて前記根抵当権設定登記がなされていた。

ハ 被告好道は原告池袋支店の外国為替担当の支店長代理堀米昭介に対し昭和五四年五月初旬頃、本件土地建物を売却することを理由に原告の本件根抵当権を抹消されたい旨申入れた。被告好道は堀米に対し右売却の事情につき、本件建物は同被告が相続取得したものであるから弟妹に分けてやらなければならないが、売却する話を末の妹である被告安田律子が持って来たこと、買主は近隣に住む父親時代からの知人で、「生長の家」の幹部蜂須賀であり、売買価額は約金八〇〇〇万円で、同額で売れれば好機であるから売っておきたいこと、右売買代金の二分の一に当る金四〇〇〇万円は弟妹に分配し、被告好道の取得分金四〇〇〇万円は原告に同被告名義の定期預金として預入れることをそれぞれ述べた。

ニ 原告は被告好道の右申出を検討したところ、同年六月頃の原告と東京パックの取引状況からみて、本件根抵当権を放棄すると別表(4)記載の如く差引約金二二〇〇万円の担保不足で、沖縄物件の実効担保力金三〇〇〇万円を考慮すると実際には約金四二〇〇万円の担保不足になるので、原告は被告好道が右売買代金の内金四〇〇〇万円を見返りに同被告名義の定期預金にするのであれば本件根抵当権を放棄する方針を立てた。

ホ 堀米は被告好道に対し同年六月五日午前に、被告好道が本件土地建物の売買代金の内金四〇〇〇万円を同被告名義で原告に定期預金することを前提として本件根抵当権を放棄する旨通知し、本件根抵当権の抹消登記手続に必要な書類を持参のうえ、被告好道が売買代金を授受する場に同行すると述べたところ、同日午後被告好道より応答があり、原告側の意向を末の妹を通して買主の夫人に話したら、買主は銀行員が立会って売買代金を授受するようなややこしい物件は買わないと怒っているので同行するのは待って欲しいとのことであった。

ヘ 被告好道は堀米に対し同月一一日、買主は本来ならば本件土地建物については、居住者が全部明渡してから買うべきであるのに、先代からの知合いなので現状のまま買うのであるから、少なくとも担保は抹消されたいと強硬に主張しているとして、本件根抵当権を事前に抹消するよう求めたため、堀米は担保不動産の売却につき、売主と買主、そして利害関係者が一堂に会したうえで売買代金の授受をするのが原則であると説明し、被告好道に買主の説得を求めた。

ト しかし被告好道は堀米に対し同月一三日、買主は本件根抵当権を事前に抹消しなければ買わないと主張しており、これ以上の説得には自信がなく、原告が応諾しない限り売却の話は成立しないと強く抹消書類の交付を要求したので、原告内部で協議の末最終的にこれを受入れることにした。被告好道と堀米は同日今後の手順として、同月一五日(金)に原告が被告好道に本件根抵当権の抹消関係書類を交付し、買主が右書類を受領後同一五日、一六日(土)にかけて登記関係を調べ、一八日(月)に被告好道と買主との間で資金の授受をするので、同日被告好道が原告に売買代金の内金四〇〇〇万円を持参し、もし売買が成立しない場合には被告好道は原告に対して本件根抵当権と同一内容の根抵当権を本件土地建物に設定登記することを決めた。

チ 被告好道は堀米に対し同月一四日根抵当権設定の再登記のための設定契約書と委任状を手交して、印鑑証明書は同月一五日か一六日に原告に届けると約し、堀米は被告好道に対し同月一五日、本件根抵当権の設定契約書と抹消登記申請の委任状を東京パックにおいて渡した。

リ 同月一八日には原告から被告好道に連絡が取れないでいたところ、同日夕刻同被告より電話があって、本件根抵当権の抹消、関係書類を受領した同月一五日には多忙で買主の許に右書類を持参できず、同月一六日に渡したので、買主が登記関係を調査するために売買代金の授受が同月二〇日に延期されたとのことであり、暫くして原告に根抵当権の再登記用の印鑑証明書のみが届けられた。

ヌ 東京パックは同月一九日、韓国からの信用状が金一二八九万七九一六円しか開設されず、同月二〇日決済すべき支払手形金合計約金一億九〇〇万円につき、何ら資金手当をしないまま同日手形不渡事故を起して倒産し、原告に前記金四〇〇〇万円の預入もなかった。

《証拠判断省略》

(二)  《証拠省略》によれば、本件土地建物については被告ら四名の間で第三者に売却することを考えたことはあったが、昭和五四年五月から六月にかけて右売買の具体的な話はなかったことが認められ、これに反する証拠はない。

(三)  右事実を総合すれば、原告が本件根抵当権放棄の意思表示をしたのは、本件土地建物が代金八〇〇〇万円で売却されること、及び右代金の内金四〇〇〇万円を被告好道において本件根抵当権の代りの担保として同被告名義で原告に定期預金することを前提とし、原告は右前提事実の存在を信じて意思表示をしたのであるが、実際には右売買の事実はなく、被告好道には本件土地建物を売却して、売買代金の内金四〇〇〇万円を同被告名義で原告に定期預金する意思がなかったのに、原告はこれを知らなかったのであるから、これらの点につき原告に錯誤があったと認めることができる。

右錯誤は本件根抵当権放棄の意思表示をなすに至る動機に存する錯誤であるが、上述の如く、原告と東京パックとの間の取引において当時本件根抵当権を放棄すると担保不足となるところ、東京パックの連帯保証人たる被告好道の定期預金は原告にとって実質的に見返りの担保となるのであるから、右動機は重要であって、右根抵当権の放棄に際し表示されているから、これをもって要素の錯誤と解すべきである。

2  そこで、抗弁1について検討する。

本件は根抵当権付不動産の売却に際し、権利者たる銀行が、売買代金の一部現金を預金として受入れる前提で右根抵当権を放棄したという場合であるが、右根抵当権の抹消と預金の預入は同時になされるのが取引上の基本原則であるのに、原告が事前に担保抹消の書類を被告好道に交付したことは前認定のとおりである。

尤も原告は右同時履行を主張したものの、被告好道の詐言に惑わされたわけであるが、本件土地建物には被告好道の弟妹の他賃借人が居住しており、また売買代金は被告好道ら四名で分けるというのであるから、金融機関である原告としては右売買について、居住者が立退くことなしに可能であるのか、そして被告好道が売買代金の内金四〇〇〇万円を確保できるのかについても確認すべきところ、いずれも被告好道の言葉どおりをそのまま受入れて調査しておらず、しかも売買不成立の場合も予想できた状況の下に、根抵当権を再度設定する書類を受領することに甘んじたのである。

右のとおり、被告好道が欺罔したため錯誤に陥ったのであるが、なお原告には重大な過失があるといわなければならず、抗弁1は理由がある。

三  進んで、詐欺による取消について審究する。

1  請求原因5(二)の事実については、被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したとみなされる。

2  前認定のとおり、昭和五四年六月当時被告好道が本件土地建物を売却する事実はなく、従って右売買代金四〇〇〇万円を原告に定期預金することができないのにも拘わらず、被告好道は原告に対し、あたかも本件土地建物の売買の交渉が進行しており、その成立のためには本件根抵当権を事前に抹消する必要があって、右売買代金の内金四〇〇〇万円は本件根抵当権の代りの担保として原告に被告好道名義で定期預金する旨詐言を弄してその旨誤信させ、これにより原告に本件根抵当権を放棄するとの意思表示をさせたものであって、被告好道の詐欺による放棄と認めるべきである。

3  請求原因6の事実は、当事者間に争いがない。

4(一)  抗弁について見るのに、《証拠省略》によれば、前記のように東京パックは昭和五四年五月分につき韓国から信用状が開設されず、原告から金九〇〇〇万円の融資を受けたが、被告好道は韓国東京パックとの間で同年六月分につき五〇万ドルの信用状が開設されるよう交渉して来たところ、これが同月一九日前記五万八〇〇〇ドル(金一二八九万七九一六円)に留まり、同月二〇日手形不渡事故を起して倒産するに至ったこと、被告富田は昭和四六年一月から東京パックに勤務し、主に自転車部品の買付業務に従事して来たのであるが、被告好道は被告富田に対し原告から受領した本件根抵当権の抹消登記の書類及び被告進、同富田、同安田に対する所有権移転登記の書類を交付し、被告ら四名の間では本件土地建物につき売買がなされたわけではないが、被告富田は右各書類をもって司法書士鹿島田廣に登記手続を依頼し、これにより同年六月一九日本件根抵当権の抹消登記と被告進、同富田、同安田に対して同年四月一九日売買を原因とする所有権移転登記が経由されたこと、被告進と同安田は同富田から事前もしくは事後に本件土地建物の所有名義人になることを知らされたが、その事情の詳細は関知していなかったことが認められる。

(二)  被告らは本件土地建物の右所有権移転登記は代物弁済もしくは贈与に基づくものであると主張し、被告好道と同富田の各供述にはこれに沿うかの如き部分もあるが、一方で被告好道とその余の被告らとの間で合意のないまま所有名義を移転したとの趣旨の部分もあり、前後矛盾し曖昧であって直ちに措信し難く、本件では被告らの間で右各契約を締結した事実を認めるに足りる資料は見当らない。

むしろ《証拠省略》によれば、被告好道は韓国から東京パックに対する信用状が同年六月分についても開設困難であることを予測して倒産の事態を虞れ、弟妹の居住する本件土地建物を保全すべく原告に本件根抵当権を抹消させたうえ、右事情を知った被告富田と共に本件土地建物の所有名義を被告進ら三名に名目上移転させたものと推認でき、これを左右する証拠はない。

従って、いずれにせよ被告進、同富田、同安田が正当な取引関係における善意の第三者に該当するといえないこと明らかであって、抗弁2は理由がなく、採用できない。

5  以上のとおり、本件根抵当権の放棄は、詐欺による意思表示であるから取消が認められると解するのが相当であり、被告好道は本件土地建物につき、東京法務局渋谷出張所昭和五四年六月一九日受付第三三四九〇号をもって抹消された、同出張所昭和五二年一一月一七日受付第五三七七二号根抵当権設定登記の抹消回復登記手続をなすべき義務があり、その余の被告らは原告に対し右抹消回復登記手続を承諾すべき義務がある。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野﨑薫子)

〈以下省略〉

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